夫婦ふたり暮らし、80代の私と83歳の夫です。
数年前までは元気だった夫が、最近は物忘れが増え、病院では「軽度の認知症」と診断されました。
私自身も足腰が弱くなり、買い物や掃除がだんだん大変になってきています。
夫の世話をしているつもりが、気づけば自分も疲れて動けなくなる日が増えました。
近くに住む子どもも仕事が忙しく、頻繁には頼れません。
これから先、私たちのような老老夫婦はどうすればよいのでしょうか。
介護サービスを受けたい気持ちはありますが、どこに相談すればいいかもわかりません。
ご相談ありがとうございます。
「認認介護」という言葉をご存じでしょうか。
高齢の方が、同じく高齢のご家族を介護している状況を指します。
いま、日本ではこの“認認介護”が急速に増えています。
認知機能の衰えがある方同士が支え合う現実は、誰にとっても他人事ではありません。
今回のご相談は、まさに多くのご家庭が直面している課題を映し出しています。
ここからは、「認認介護」が起きる背景と、いまからできる具体的な対策について一緒に考えていきましょう。
認認介護が増えている背景
「認認介護」という言葉は、ここ数年で急速に注目されるようになりました。
背景にあるのは、高齢化と介護の長期化という、避けて通れない社会構造の変化です。
日本では、65歳以上の人口がすでに全体の3割近くを占め、75歳以上の高齢者も増え続けています。
かつては親を介護するのは子世代でしたが、いまはその“子世代”もすでに70代・80代。
結果として、高齢の親を高齢の配偶者やきょうだいが支える構図が当たり前になってきました。
また、介護を担う側も認知機能の衰えを抱えているケースが増えています。
「相手の薬を間違えてしまう」「火の始末を忘れてしまう」「介護中に自分が倒れてしまう」——。
悪意ではなく、体力や記憶力の限界から起こる“共倒れ”が深刻な社会問題になりつつあります。
そしてもう一つの要因は、地域のつながりの希薄化です。
近所づきあいや互助の仕組みが薄れ、家庭内で問題を抱え込むケースが増えています。
「恥ずかしくて誰にも言えない」「頼れる人がいない」という声も少なくありません。
このように、認認介護は一部の特殊な家庭の話ではなく、
私たち誰もが直面する可能性のある“新しい介護の現実”なのです。
認認介護がもたらすリスクと心身への影響
認認介護のいちばんの問題は、支える側も支えられる側も、どちらも“弱っている”という現実です。
本来ならサポートを受ける立場の高齢者が、同じように体力・判断力が落ちている配偶者や家族を介護する——
この構図は、心身の負担を二重三重に重ねてしまいます。
身体的なリスク
介護の中心は、日々の食事・入浴・排泄の介助など、想像以上に体力を必要とします。
腰や膝を痛める、転倒して骨折する、夜間の対応で睡眠が取れない……。
「介護うつ」や「介護疲労」によって、介護者自身が倒れてしまうケースも少なくありません。
認知機能への影響
介護のストレスや生活リズムの乱れは、認知症の進行を早めることもあります。
「相手の世話に追われ、自分の通院や服薬を忘れてしまう」
「判断ミスが重なり、事故や火の不始末につながる」など、
小さな“ズレ”が大きなトラブルを引き起こす危険があります。
社会的な孤立
もうひとつの深刻な問題は、家庭内で抱え込みすぎることです。
「恥ずかしくて言えない」「他人に迷惑をかけたくない」と支援を断るうちに、
家の中だけで介護が完結してしまう。
その結果、地域からの支援や行政サービスにつながらず、孤立が深まっていきます。
共倒れという最悪の結末
ニュースでも耳にする“共倒れ”の悲しい現実。
これは突然起きるものではなく、「少しの無理」や「頑張りすぎ」が積み重なった先にある結果です。
介護する側が倒れた時、残された高齢者は生活の維持すら難しくなります。
認認介護で実際に起きている事故とその現実
認認介護は、決して遠い世界の話ではありません。
日本各地で、現実に悲しい事故や事件が起こっています。
たとえば2013年、東京都港区で起きた出来事。
認知症を患う高齢の夫婦が、自宅1階で倒れているのを息子が発見しました。
通報を受けて救急搬送されましたが、残念ながら2人とも熱中症で命を落としていたといいます。
さらに2階では、すでに亡くなっていた夫の兄の遺体も見つかり、長いあいだ誰にも気づかれずに過ごしていた現実が明らかになりました。
このような悲劇は、認知症の進行によって“お互いを介護する”どころか、自分自身の健康や安全を守ることすら難しくなる状況から起きています。
食事や薬の管理を忘れてしまう、火の不始末をしてしまう、あるいは介護の疲れや混乱から暴言・虐待・介護放棄に至るケースも少なくありません。
実際に、認知症の夫を介護していた認知症の妻が、排泄介助を拒む夫を突発的に傷つけてしまったという事件も報告されています。
その多くは「誰も悪くないのに、支え合う仕組みがなかった」ことで起きている悲しい現実です。
こうした事例は、認認介護が家族だけの努力では支えきれない社会的課題であることを示しています。
だからこそ、地域や民間、そして社会全体で支える仕組みが求められています。
地域・民間でできる支援
――“家庭の中だけで抱え込まない”ために
認認介護の問題を深刻化させる最大の要因は、「誰にも頼れない」という思い込みです。
しかし実際には、地域や民間にはさまざまなサポートの仕組みが整いつつあります。
大切なのは、“家庭の外”に助けを求めることをためらわないことです。
地域包括支援センターや自治体の相談窓口
まず最初に頼れるのが、自治体に設置されている地域包括支援センターです。
高齢者の生活全般に関する相談を受け付けており、介護保険の手続きだけでなく、「どこに相談すればいいかわからない」という段階からでも支援につなげてくれます。
ただし、支援の対象は主に介護保険サービス内に限られるため、日常の細やかなサポートまでは手が届かない場合もあります。
保険外(自費)サービスの広がり
こうした“すき間”を埋めているのが、民間による保険外サービスです。
掃除や買い物、通院付き添い、話し相手といった日常のサポートを、柔軟に依頼できる仕組みが少しずつ広がっています。
最近では、介護経験者や福祉の資格を持つ人が、地域の「バディ(仲間)」として家庭を支える取り組みも増えています。
「バディファミリー」という新しい支え方
バディファミリーは、介護保険制度の枠を超えて、高齢者とその家族の“暮らしそのもの”を支える民間ネットワークです。
食事や掃除だけでなく、外出の付き添いや心のケアなど、「その人の生活リズム」に寄り添う支援を行います。
また、支える側のスタッフも専門的な研修を受けており、安心して任せられるパートナーとして地域に根づいています。
つながりを取り戻すことが、最大の予防に
認認介護の悲劇は、決して“家族の責任”ではありません。
外部の力を早めに取り入れることで、心にも体にも余裕が生まれます。
支援の輪を広げ、地域の人とつながりを持つことこそが、共倒れを防ぐいちばんの対策です。
これからの介護に求められる視点
認認介護は、これからの日本社会が避けて通れない課題です。
「家族だから」「自分でなんとかしなければ」という気持ちは尊くても、限界を超えれば、支える人も支えられる人も共に傷ついてしまいます。
いま求められているのは、“個人の責任”から“社会の支え合い”へと発想を転換することです。
介護を「家族の中だけの問題」とせず、地域・行政・民間が連携し、それぞれができる範囲で“そばに寄り添う仕組み”を広げていくこと。
それが、これからの介護に欠かせない視点です。
介護は、誰かを支える行為であると同時に、人と人が共に生きる関係を築く営みです。
その温かいつながりを、制度だけに頼らず、地域と人の手で取り戻していく。
それが、これからの時代に必要な“介護のアップデート”です。