
「ベッドに柵をつける」「ミトンで手の動きを制限する」——
こうした“身体抑制”は、介護や医療の現場で今もなお行われています。
しかし近年では、「たとえ安全のためであっても、それは本当に本人のためなのか?」
という視点が、全国の現場で見直されつつあります。
厚生労働省は、身体拘束は「原則禁止」と明記し、
“身体抑制ゼロ”を目指したケアの重要性が広く認識されるようになってきました。
とはいえ、現場の声としてはこんな悩みも聞こえてきます:
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転倒を防ぐには、抑制しか手段がないのでは?
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人手が足りず、どうしても一人では見守れない
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ご家族から「転倒させないで」と言われて不安…
こうしたジレンマに対し、「抑制に頼らない工夫」が今、必要とされています。
今回は、
高齢者の尊厳を守りつつ、安全・安心なケアを実現するための具体的な工夫を5つに絞ってご紹介します。
「今すぐできることから変えていきたい」
「現場で悩んでいるけど、なかなか抜け出せない」
そんなあなたにこそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。
【工夫1|環境調整で“危険を作らない”】
身体抑制の多くは、転倒や徘徊などの“リスク回避”を目的に行われています。
たとえば「ベッドから落ちないように柵をつける」「立ち上がりそうになるからミトンを装着する」など、一見安全のために見える対応です。
しかし本来、抑制を使わずに済むようにするには、まず「そのリスクを生み出している環境」を見直すことが大切です。
たとえば、ベッドの高さはどうでしょうか。必要以上に高く設定されていると、転倒時のダメージが大きくなり、職員側も不安になります。そこで、あらかじめ低床ベッドを導入しておけば、転落リスクを軽減できるため、柵に頼らずに済む可能性が出てきます。
また、床の素材も重要です。滑りやすいフローリングや傾斜のある場所は、高齢者にとっては“転びやすさ”につながります。滑りにくい床材への変更や、目立たない段差の解消が、転倒そのものを防ぐ有効な工夫になります。
さらに、家具の配置も見直してみましょう。夜間トイレに行く動線に物が多く置かれていたり、照明が暗くて足元が見えにくいと、不安や混乱を招きやすくなります。スムーズに移動できる導線や、足元灯の設置は、本人の“自立”を支えながら事故を防ぐことにつながります。
「危ないから抑える」のではなく、「危なくない環境をつくる」。
この視点が、身体抑制をせずに安全を保つ第一歩になります。
【工夫2|見守り機器やセンサーの活用】
「目を離せば転んでしまうかもしれない」
「夜中に起き出して徘徊してしまったらどうしよう」
そうした不安から、身体抑制に頼らざるを得ないと感じることは少なくありません。
けれども、介護現場の人手には限りがあります。24時間つきっきりで見守ることは現実的には難しいでしょう。
そこで活用したいのが、見守り機器やセンサーといったテクノロジーの力です。
たとえば、ベッドに設置できる離床センサーは、本人がベッドから立ち上がると即座にアラームや通知が出るため、介護者は早めに対応できます。これにより、抑制せずとも「立ち上がろうとしている」タイミングを見逃さずに済みます。
また、夜間の徘徊対策には、ドアの開閉を検知するセンサーや、マット型の感知器などが役立ちます。特に、玄関やトイレ前などに設置しておくと、不意の移動にすぐ気づけるため、安全性が高まります。
さらに、近年では小型カメラを使った見守りシステムも増えてきました。プライバシーに十分配慮しながら、「映像での見守り」ができる環境を整えることで、夜間の見回り回数を減らしたり、不必要な接触を減らすことも可能です。
こうした機器は、単に“便利な道具”というだけではありません。
抑制に頼らずとも、「そばにいるように見守れる」状態をつくるための強力な味方です。
もちろん、導入にはコストがかかる場合もありますが、事故や拘束による心理的ダメージを考えると、費用対効果の高い支援策として十分に検討する価値があります。
「見ていられないから縛る」のではなく、「見えないけれど、気づける」環境をつくること。
それが、抑制を手放すための大きな一歩になります。
【工夫3|本人の不安を減らす声かけと関わり】
身体抑制が必要とされる場面の多くで、実は本人は「困った行動」をしているのではなく、不安を感じて動いているだけの場合があります。
たとえば、夜中にベッドから立ち上がる高齢者がいたとします。職員から見れば「転倒の危険があるから動かないでほしい」と感じるかもしれませんが、本人にとっては、「トイレに行きたい」「何かを探している」「ここがどこかわからず怖い」など、理由のある行動なのです。
このとき、ただ「動かないでください」と止めるだけでは、不安が解消されるどころか、かえって混乱や抵抗を招いてしまうこともあります。
では、どうすればいいのでしょうか。
大切なのは、「行動をやめさせる」のではなく、「気持ちに寄り添う」ことです。
たとえば、「夜中に起きてしまうのは不安だから」「誰かがそばにいると安心するから」とわかっていれば、静かな声かけや、やさしいタッチ、本人が安心できる話し方を意識することで、自然と落ち着くこともあります。
また、日中の過ごし方を見直すことも効果的です。
夕方以降に不安が強まる「夕暮れ症候群」などの場合は、日中に軽い運動や好きなことを取り入れて心と体のリズムを整えると、夜間の徘徊や不安が軽減するケースもあります。
「動かないように」「危ないから静かにして」ではなく、
「何に困っているんだろう」「何を求めているのか」を考える視点が、やさしいケアの第一歩になります。
こうした関わり方は、即効性はないかもしれません。
でも、不安の根本に向き合うことが、結果として抑制を必要としない介護へとつながっていきます。
【工夫4|職員間の情報共有で“先手のケア”を】
身体抑制が必要になる場面の多くには、「予測できなかった行動」が関係しています。
しかし、その“予測できなかった”というのは、本当にそうだったのでしょうか?
実は、日々のケアの中で見逃されがちな「ちょっとした変化」や「パターン」が、
あらかじめ共有されていれば、抑制ではなく“先手のケア”ができたはずというケースは少なくありません。
たとえば、「夜9時前後に毎晩落ち着かなくなる人」がいるとします。
職員の間でその情報がしっかり共有されていれば、事前に好きな音楽を流したり、落ち着ける飲み物を提供したりすることで、そもそも徘徊や興奮を起こさずに済むかもしれません。
また、「ベッドから立ち上がろうとするとき、体を揺らす癖がある」といった小さな気づきも、
それを知っていれば、離床前に声かけやトイレ誘導ができ、抑制に頼らずに安全な対応ができます。
このような「気づき」は、一人ひとりの職員がそれぞれの時間帯で感じ取っているものです。
しかし、それが日々の申し送りや記録にきちんと反映されていないと、次の担当者には伝わらず、結果として“危険な行動”として処理され、抑制につながってしまいます。
だからこそ、職員間の情報共有は、抑制予防の鍵になります。
共有方法は、特別なシステムがなくても構いません。
ホワイトボードでの注意喚起、申し送りのチェックリスト、簡単な口頭でのやり取りでも十分です。
重要なのは、「行動」ではなく「背景」を伝えること。
「〇〇さんは立ち上がろうとします」ではなく、
「トイレに行きたい気持ちを言葉にできず、立ち上がって訴えているようです」といった共有が、
対応の質を大きく変えていきます。
身体抑制の多くは、“知らなかった”ことで生まれています。
その逆を行くために、情報を共有し、予測し、備えること。
それこそが、抑制を使わずに支えるためのチームケアの本質です。
【工夫5|「事故=失敗」ではないという考え方】
介護現場では、「転倒させてはいけない」「事故があってはならない」という意識が非常に強く働きます。
その思いは、利用者の安全を守りたいという誠実な気持ちからくるものです。
しかし、その「事故を防がなければ」という思いが強すぎるあまり、
身体抑制を選ばざるを得ない…と感じてしまう場面も少なくありません。
たとえば、夜間の徘徊が多い利用者に対して、
「もし転倒したらどうしよう」という不安から、ベッド柵を高くしたり、ミトンを装着する——
それは“事故を起こさないための正解”に見えるかもしれません。
けれども、その選択によって、本人は自由を奪われ、安心感や尊厳を失うかもしれない。
結果として、抑制されたことによる混乱や興奮が増え、かえって事故のリスクが高まることもあります。
ここで大切なのは、「事故をゼロにする」ことが目的ではなく、「その人らしく生きることを支える」ことが本来のケアの目的であるという考え方です。
もちろん、安全を軽視するわけではありません。
けれども、転倒を「すべて失敗」と捉えてしまうと、ケアはどんどん慎重になり、
結果として抑制の方向へ傾いていきます。
たとえば、転倒しても大きなけがにならない環境づくり(低床ベッド、床材、マットの設置)や、
転倒後の状態を丁寧に観察し、必要に応じてケアを調整する体制が整っていれば、
「抑制せずに守る」ことができるようになります。
そして何より、「転倒してしまったとき、どう支えるか」という視点も重要です。
その人の心を支える対応、家族との信頼関係の保ち方、チームとしての振り返り——
こうした姿勢が、抑制に頼らない“強い現場”をつくります。
事故が起きること=失敗ではありません。
起きたことをどう受け止め、どう次につなげていくか。
その積み重ねが、やさしいケアを形にしていく道だと私たちは考えています。
【まとめ】
身体抑制は、「安全のために必要」と考えられてきた時代もありました。
けれど今は、「抑制しないことこそ、本人にとっての本当の安全と安心につながる」——
そんな視点が、介護・医療の現場に広がりつつあります。
今回ご紹介した5つの工夫は、特別な資格や大きな予算がなくても、少しずつ現場で取り入れていけることばかりです。
・環境を整えて、リスクを減らす
・センサーやICTで“気づける体制”をつくる
・本人の気持ちに寄り添う関わり方を見直す
・職員間での情報共有をしっかり行う
・「事故=失敗」という思い込みを手放す
どれも、抑制に頼らず、その人らしさを守るための大切な視点です。
身体抑制をゼロにすることは簡単ではありません。
けれど、それを「目指そう」とすることは、誰にでもできます。
あなたのひとつの工夫が、
その人の「安心」や「笑顔」につながっていきます。
まずは今日、できることから。
やさしいケアの第一歩を、あなたの現場からはじめてみませんか?