遠距離介護で高齢者の見守りカメラを導入した体験談まとめ

 

母は「なんだか監視されているみたいね」と不満げな様子

母の様子が気になり、毎晩のように実家へ電話をかけていました。呼び出し音が鳴っても出ないときは、胸がざわざわして「倒れていたらどうしよう」「具合が悪いのかな」と悪い想像ばかりが頭を巡ります。後から「お風呂に入っていただけ」と知ってホッとすることも多いのですが、それまでの時間は落ち着きませんでした。

そんなある日、普段あまり電話が得意ではない兄から連絡がありました。「実家に来たついでに、見守り用のカメラを取り付けてみたよ。映像を共有しようと思って」とのこと。廊下の天井近くにネットワークカメラを設置したらしく、教えてもらったアプリをスマートフォンに入れると、実家の様子がリアルタイムで見られるようになりました。人が通った時間の記録も残り、動きがあれば通知が届くしくみです。

試しにカメラを通して話しかけてみると、兄は「いい感じだろ」と満足そうでしたが、母はカメラをじっと見上げて眉をひそめていました。「なんだか監視されているみたいね」と不満げな様子。その気持ちも理解できたので、「お母さんが元気に動いている通知が来るだけで、私たちは安心できるんだよ。しばらく使ってみて、嫌なら方法を考え直そう」と伝えると、渋々ながら受け入れてくれました。

導入当初は、母が通るたびに通知が来るので、そのたびに映像を確認してしまっていましたが、しばらくすると「今日は台所にいるみたいだな」と通知だけで把握できるようになりました。電話するタイミングも、母が台所にいるのを確認してからかけるようになり、母が無理に急いで電話に向かうこともなくなりました。

逆に動きがないときは、記録された映像を遡って確認すると、外出する様子や畑仕事に行くために着替えている場面が残っていて、必要な情報をさりげなく把握できるのも便利だと感じました。

母もいつの間にかカメラの存在を気にしなくなったようで、電話で「昨日は外出してたの?」と聞くと、「あら、分かったの? 久しぶりに買い物に行ってきたのよ」と笑いながら話してくれます。むしろ話題のきっかけにもなり、以前よりコミュニケーションが取りやすくなった気もします。

見守りカメラの電源が何度も切られてしまう

ずっと「機械が苦手だからかな」「ただの操作ミスかな」と思っていたのですが、どうやらそうではないようでした。
親にとって、子どもはいつまでも“頼ってほしい存在”なのかもしれません。

弱っていく姿や、以前とは違う生活ぶりを見られることを、どこかで恥ずかしいと思っていたのだろうと気づきました。

頼られる側の自分が心配していることも、きっと分かっているはずなのに、それでも「大丈夫な姿を見せていたい」という気持ちが勝つのでしょう。

カメラの電源は、担当のケアマネジャーさんにお願いして再度つけてもらいました。

ただし、前と同じ場所ではなく、生活が丸見えにならないよう視界を限定できる位置に変更。見守りというより“そっと様子を感じ取る”程度の役割に切り替えました。

こちらからカメラ越しに話しかける機能も使うのをやめました。
お互いのために、必要以上に踏み込みすぎないほうがいいと思ったからです。

離れて暮らしていても、親の生活に干渉しすぎないこと。
けれど、万が一のときにはすぐ気づけること。
そのちょうど中間くらいが、一番いい距離感なのかもしれません。

親の本音がみえてしまう

父から「明日肉じゃがが食べたいから作りに来い」と電話があった。
でも私は明日は動けない。予定も体力も限界で、「何か買って持っていくから、それで勘弁して」と伝えるのがやっとだった。

電話を切ったあと、ふと気になって見守りカメラを確認すると、母の声が聞こえてきた。
「ほらね。あの子は親不孝ものだから」

胸が冷たくなるような感覚がした。
カメラをつけたのは、何かあったときすぐ気づけるようにと思ったから。
二人の生活を監視するつもりなんてなかった。
離れて暮らす以上、これしか方法がないと信じていた。

でも、こうしてカメラ越しに親の本音みたいな言葉を聞いてしまうと、つけなければよかったのかもしれない、とふと思ってしまう。

毎日の通院の送迎も、買い物も、手続きも、できることは全部やっているつもりなのに。

玄関だけに設置してみました

最近、朝の支度をしながら実家の見守りカメラを確認するのがすっかり習慣になりました。
リビングや個室にカメラを置くのはさすがに抵抗があって、玄関だけにしたのですが、思っていた以上に役に立っています。うちの両親、外に出たり庭に出たりすることが多いので、玄関を通るタイミングで姿がちゃんと映るんです。

靴を履くときの動作とか、立ち上がり方とか、ちょっとした表情とか。
そういう細かいところを見て、「今日は調子よさそうだな」とか「なんだか動きがゆっくりだな」とか、なんとなく察することができます。

というのも、うちの親は昔から何かあっても全然言わないタイプで…。
転んだとか気分が悪かったとか、そういう話は決まって“落ち着いてから報告”してくるんです。心配させたくないのはわかるけど、知らない間に無理してることも多くて。

だから、玄関カメラでほんの数秒でも姿が見えるだけで、私としてはすごく安心できるんですよね。

気軽に話しかけられる

この前、実家に見守りカメラを設置してきたんですが、思っていた以上に便利でした。
様子を確認できるだけじゃなくて、カメラ越しに声をかけられるのもいいですね。「元気? 何か困ってない?」と気軽に話しかけられるので、親も安心してくれているようです。

見守りサービスだと維持費が・・・

いろいろ迷った末、ようやく実家の見守り体制が落ち着いてきました。
大手の見守りサービスも検討したのですが、維持費が高くて現実的じゃなく…。そこで手頃な見守りカメラを一台買って、弟にWi-Fiだけ整えてもらうことにしました。

初期費用は数千円、月々も負担が少ない。
本人には「Wi-Fiの機械だよ」とだけ伝えて、そっと設置。動きがあると通知が来て、アプリを開けば映像や声も確認できます。呼びかけもできて、想像以上に便利でした。

認知症の親と見守りカメラ

実家の父が、また見守りカメラを動かしてしまって映らなくなりました。
「安心する」と言う日もあれば、「監視されてるみたいで嫌だ」と言い出す日もあり、その揺れ方を見ると、やっぱり認知症の影響なのかな…と感じます。

ただ、こちらもそのあたりは想定済みで、テレビ周りに馴染むタイプの小型カメラをこっそり設置してあります。居間にも寝室にもさりげなく置いてあるので、最低限の様子は確認できる状態。

それにしても、最近は本当にいろんな見守りグッズがあるものですね。
悩みながらも、なんとか親の安心と自分たちの安心のバランスを取っています。

1台から3台に増やしました

認知症の父は、冬でも上着を着ずにふらっと外に出てしまうことがあって…。
雪の季節になると心配が倍増し、つい実家の見守りカメラをこまめに確認してしまいます。

以前は1台だけだったけれど、思い切って3台に増やしたのは正解でした。
玄関まわりも庭側も映るので、遠くにいても父の様子がかなり分かります。
「今どこにいるかな」「寒くないかな」と気にかける時間が少しだけ減って、安心につながっています。

地震のときに不安に・・・

この前の地震、思ったより揺れが強かったので急に心配になり、実家の見守りカメラを開いてみました。
テレビでは「避難してください!」と緊迫した声が流れているのに、父はソファで気持ちよさそうに眠っていて、部屋の様子もまったく変わらず。

「あれ…そんなに揺れてなかったのかな」と拍子抜けしつつも、無事を確認できてひと安心。